face 「出かけようか。」 用事があるわけじゃない。欲しいものがあるわけでもない。あったとしても欲しいものは部下に買わせに行け、買えないものならボンゴレのボスの名を利用して取り寄せろ、とリボーンには口を酸っぱくして言われている。以前、ペンのインクが切れたときにこんなくだらないことをファミリーに頼むのも、と思って自分で買いに行ったところものすごい剣幕でリボーンに怒られた。それくらい俺にとっての「外に出る」という行為は特別で、危険が伴う。そんなリスクもリボーンとの約束もボスとしての立場も全部忘れて外に出たくなるときもある。たとえば、敵味方入り混じったどろどろの交渉が一ヶ月も続いていて、それは現在進行形で一触即発の状態にあるとか。たとえば、そのせいで下手に身動きもとれない為任務もろくに与えてやれず、ファミリーが全体的に苛立っているとか。其の場合、ファミリーの苛立ちはそっくりそのままボスにも当てはまるわけで。 「え・・・?」突然の申し出に驚いているのは自称右腕の、彼。「・・・っと、何か用があるんだったら、俺行って来ます。」パソコンの画面から目を離さないまま、当たり前のように彼もまた俺を外に出そうとしない。それが文字通り、人間が服を着ることくらい当たり前で常識なのだから彼はそれを微塵も疑わずに律儀に守り通す。 「一緒にいこうよ。」俺は目の前の自称右腕、もとい忠実なファミリー、もとい獄寺君を困らせたいだけかもしれない。獄寺君には申し訳ないけどこれでストレスを発散しているといってもいい。獄寺君の困る顔を見ているとすっきりする、というより、あぁこれがあるべき日常なんだ、と安心する。 「一緒に、ですか?」ついにパソコンの画面から目をひっぺがして後ろを向いた。予想通りの困り顔だ。でもそれもすぐに訳知り顔にかわった。理解してくれたのかとほっと胸をなでおろそうとした瞬間「それならそうと言ってくださいよ、同伴の任務なんですよね?」なんて的外れなことを言われて流石の俺もため息をついてしまった。獄寺君が少し天然なのは今も昔も変わらない。 「違うよ・・・。」他になんといえばこの病的なまでに生真面目な獄寺君に伝わるのか逡巡してみた。ぐだぐだと考えた割りに出てきた答えはあまりに幼稚だったけれどそれ以外にこの不真面目な動機を表す言葉が見つからなかった。「デートしよう。」 「で・・・?」獄寺君の顔は振り出しに戻った。「デート?」これでもまだ任務だのなんだのと言うようなら俺は泣く。 「うん。デート。」―デート・・・男女が日付を決めて逢引すること。―国語辞書、大辞泉より引用。この件に限っては男女という堅苦しい枠組みを外して考えてもらいたい。 「デートって、あの、よくテレビで見る『待った?』『ううん、全然。』っていうデートですか?」獄寺君のデートに対するイメージはかなり古風なものだけど大体は合っているので少々の語弊には目を瞑る。 「そう。」 「一緒に遊園地行ったりする、あのデートですか?」獄寺君のデートに対するイメージは以下略。 「まぁ、そんな大儀なものじゃないよ。ちょっと外に出ていちゃいちゃするだけだし。」 「い、いちゃいちゃ・・・!!」ずる、と足を滑らせる音の後にがたっと身体が椅子からずり落ちる音がした。ずるがたっ、だ。何もそこまで過敏に反応しなくてもいいのに。 「嘘だよ。」否定語を言うとあきらかに安堵したような顔をされた。かなり不本意だけどそこは獄寺君だからしょうがない。 「リ、リボーンさんに怒られるんじゃ・・・」心配そうな顔をして何を言い出すかと思えば、やっぱり最終的にはそこに行き着くらしい。それは想定の範囲内のことだったから俺は何を言えばいいかなんてことを考え込むこともなく、獄寺君がひっくり返っても抗えない魔法の言葉を囁く。少しうつむいて、ため息混じりに。ここで重要なのは間を十分にとること。 「獄寺君はボスと一介の家庭教師どっちを優先するの・・・?」俺はあくまで、リボーンに言われたことを遵守している。金で買えないものはボンゴレのボスの名を利用して手に入れる。それだけだ。 「そ・・・んな、でも、え・・・」困ってる困ってる。「十代目は十代目でリボーンさんはリボーンさんで・・・」ほとんど泣きそうになりながら俺とリボーンのどちらも過不足なく立てる言葉を探している。「俺が最優先で守るべき方は・・・十代目です。そんな貴方を危険に晒す訳にはいきません。」いじめすぎたかもしれないと微妙に反省してしまうほど申し訳なさそうな顔をして言われてしまった。でもこんなところで怯んでしまっては目的は何一つ達成できない。難攻不落の城を落としてこそボス冥利に尽きる、っていうのはおかしいかもしれないけどまぁそんなとこだよ。 「じゃぁ獄寺君は俺を外で守る自信がないってことなんだ・・・。君を右腕にしたのは俺の、見込み違いだったのかな・・・。」追い討ちをかける。右腕という言葉に並々ならぬこだわりを持っている獄寺君のことだから必死でとりつくろってくれるはず。その言葉の矛盾やほころびを探してつつけば勝利は近い。 「そ、そんなことはありません!たとえ四面楚歌な状況に陥ろうとも貴方だけは必ずや守り通します!」ガタガタッと椅子から盛大に立ち上がり決意を語ってくれた。 「そう。じゃ、大丈夫でしょ?」にこ、と笑うと獄寺君は言葉に詰まって赤くなったり青くなったりした後、はぁっとため息をついて諦めた。 「・・・そーっと、ですよ。リボーンさんに見つかったらすぐに十代目一人でお逃げください。俺がなんとか・・・できたらします。」リボーンが獄寺君如き、ごめんこれは言い過ぎた。あのリボーンが獄寺君にいいくるめられるとは到底思えない。それは獄寺君自身もわかっているようで、言葉の最後はいかにも自信なさ気に尻すぼみになっていた。 それからジャケットを取って、部屋を出て廊下の窓から庭に出た。獄寺君の車に乗り込んで全速力で正門を突破した。そこからボンゴレの敷地から出るまでずっとメーターは100キロを指したままだった。これくらいしないとリボーンが追ってこないとも限らない。なんたってあのリボーンだ。何があってもおかしくない。リボーンに関しては地球上の常識が通用しない、そのくらいの認識じゃないとファミリーとしてやっていけない。 「・・・どこに行くんですか?」前を見たまま不安そうに尋ねられる。答えようがなかった。ただあの場から出たくて出たくて仕方なくて、その上獄寺君を困らせたかっただけだったから。こんなことを言ったら、目の前の愛すべき忠臣は軽蔑の目を向けて俺を罵倒するのだろうか。それすら尊敬の対象だといって目を輝かせるのだろうか。もし後者なら彼の未来がとてつもなく心配になる。末恐ろしいな。 「どこ行きたい?」 「どこでもいいですよ。」投げやりに言っているのではなく、本当に俺の行きたいところが自分の行きたい所だといわんばかりの穏やかな顔をしている。そのとき俺はただ漠然と、獄寺君は表情が豊かだな、と思った。確かに、俺がボスをやっている上でこの表情に救われている部分はかなりある。どれだけ行き詰っていても取り乱すことが許されない俺の代わりに怒ったり暴れたり。ボスとしてはそれをなだめたり抑えたりしてはいるものの友人や恋人といった視点からだとその感情の爆発をとても嬉しく思う。見ているだけで気分が晴れる。 「この時期だと・・・そうですね。暑いですから噴水でも見に行きますか?すごいですよ、あの公園の噴水は・・・」獄寺君は幼い頃の経験を交えて噴水の話をしはじめた。グワーッとかザバーッという壮大な擬音語を発するときの獄寺君は子供のようでなんだか微笑ましかった。それが本当か嘘か、はたまたその十メートルも水を噴き上げる噴水が今でも存在しているのか、それはどうでもよかった。獄寺君がその話をしてくれること、それを俺が聞いているということが何よりも重要な気がした。 「今日はそこに行こう。」特に行くあてもないから願ってもない提案を却下する理由はなかった。 「ほんとにいいんですか?」 「うん。」どこでもいいんだ、とは流石に言わなかった。 「ありがとうございます。」何もありがたがられるようなことなんてしてないのに、本当に嬉しそうに言ってくれる獄寺君を見ると自分が酷く汚く惨めに思えた。 「こちらこそ。」獄寺君の純粋そのもののような笑顔には到底及ばない微笑を返してみた。こればっかりは及ばないと自覚していても超えることはできない。自覚しているからこそ、どうにもできない。獄寺君はその微笑と「こちらこそ」の本意を謀りかねているようで怪訝そうな顔をした。そう気にしなくてもいい。どっちにしろ君には適わないな、ってことだよ。 「実は・・・おこがましいことを言うようですが、少し心配だったんです。」はばかるような声質だった。 「どうして?」 「いえ、十代目が気にするようなことじゃないのですが・・・。」 「言ってみなよ。」 「・・・最近、こんな状態が続いて皆苛立っているじゃないですか。その上十代目はそいつら全員まとめなきゃならないのに、更にこの交渉の進行の遅鈍さが追い討ちをかけてるみたいで。」 「・・・。」彼にそんなことまで感じ取らせてしまっていた自分の不甲斐なさにいたたまれなくなって、視線を獄寺君の顔から窓の外にずらした。そこはどうやら大きな橋の上だったらしく下に綺麗な川が流れていた。子供から大人まで多様な人々が水遊びをしていることから地元の人に愛されていることが伺えた。この川が噴水に流れているのだろうか。 「それなのに十代目はひとつも顔に出すこともなく・・・ああやっていつもどおり面倒くさい事務処理もこなして、俺にも他のファミリーにも変わらない笑顔で接してくださるから逆に不安で仕方なかったんです。」車は少しずつ減速していって、「十代目が、このまま潰れちまうんじゃないかって。」公園のそばにある駐車場らしき空間に止められた。 「全部俺の憶測に過ぎませんけどね。」獄寺君はさっさと車を降りて俺のドアを開けるべくダッシュで回り込んでいた。そんなことまでしなくていいのに・・・。 「あはは・・・まいったな・・・。」独り言が漏れた。最初から全部見透かされていたようで居心地が悪い。流石右腕というべきなのか、意外な伏兵に驚くべきなのか。今度リボーンと今後の獄寺君育成方針について話あわないと。 「でも、」ガチャリとドアが開いた。「ただの杞憂だろうとそうでなかろうと、どうか無理だけはしないでください。」 「・・・ごめんね。」差し出された手をとって車を降りた。草と泥のまじったぐちゃ、という感触が靴越しに伝わってきて、自分は今外にいて土を踏んでいることを実感した。 「いきますか。」握った手をそのままに、獄寺君が歩き出した。いちゃいちゃ、の部分を彼なりに一生懸命実行しているのかもしれない。その証拠に後ろからほんの少し見える、銀色の髪に隠れた耳が真っ赤になっている。普段だったら絶対にこんなこっぱずかしい真似はしてくれない。貴重だな。 「・・・何でわかったの?」噴水に向かって歩きながら話しかけた。俺と獄寺君との距離は一メートルも離れてなかったけど水場で遊ぶ子供の声にかき消されて聞こえなかったかもしれない。聞こえない方がいいな、と少し思った。案の定、獄寺君は上手く聞き取れなかったらしく、「え?」と言って振り返った。 「すみません、もう一度お願いします。」獄寺君は俺の言葉が聞こえなかったのは全て自分の過失だといいかねないほど泣きそうな顔で、どうして俺のくだらない言葉一つにそんなに必死になってくれるのかがわからなかった。かといって、その疑問を素直に獄寺君にぶつけても彼は俺に対する抽象的な尊敬論を壮大に語ってくれるだけだ。 「なんでもない。」今度は噴水の噴き上げる水の音にもそれに驚く子供の歓声にも邪魔されないように、獄寺君が必死に聞いてくれた以上の必死さで口を耳に近づけた。 「ありがとう。」 直後、一際大きく水が吹き上がってその飛沫がぱらぱらと春雨のように降ってきた。まるで単調的でないリズムが間欠泉のようでなかなか面白い噴水だと思った。もしかしたらただの故障かもしれないけれどそれら全部含めて、この噴水が他とは違うことを示すアイデンティティーなのだろう。 「やっぱりね、俺は君がいてくれて本当に良かったと思うんだ。」 「きゅ、急に何ですか!?あれですか、ジャッポーネの会社でよくありがちなリストラ前の社員に対する不自然な優しさですか!?いやですよそんなの!!」 「違うよ。」こういう部分も全て含めて、俺は獄寺君が好きなんだ。ボンゴレも大事だ。獄寺君もファミリーとしてではなく特別な人として、大事だ。けれどその二つは天秤にかけられるようなものじゃない。両方に、真摯に付き合っていけばいい。ゆっくり大事に。今回の交渉の件だって気長に待てばいい。今すぐ答えを出さなきゃいけないわけじゃない。其のときが来たなら、ボンゴレが誇るべき有能なファミリーたちが其の実力を遺憾なく発揮してくれるはずだ。あぁ、一人で焦っていたのが馬鹿らしく思えるな。 「ここに連れてきてくれて、付き合ってくれてありがとう。」 俺の言う事全てを理解してくれなくてもいいから、こうして穏やかな関係を保っていければいい。何をするでもなくそばで笑ったり怒ったり泣いたりしてくれるだけでいい。それが全て、君の望む壮大で抽象的な尊敬論に繋がるのだから。 すまん副部長、 手 が 滑 っ た orz どうしてこんな・・・わけわからんものしか・・・かけないのか・・・orz そういえばこっぱずかしいって方言なんですか?(どうでもいい 2007/7/15 (Sun) 頂いた素敵画の足元にも及ばないお礼駄文でした(^ω^) 感謝してもしたりない、とはこのことを言うんだと思いました。ふぉぉおおおお!!10年後10年後!!獄ツナ獄ツナ!!!!! こんな素晴らしい文章を書かれるとはっ!あの絵で本当に良かったのだろうか・・・><* しかもこれ、書いてくれると言うご好意に甘えようとした伊槙の優柔不断さが発揮され、獄ツナか山ヒバで。って指定以外全て部長頼みでした。本当にありがとうございますっ! って、これ前回の時もそうだったような気が・・・本当、あれだけの指定でここまで素敵な小説を書かれる部長は神だと思います(^ω^*) あ、そうそう。 こっぱずかしいは『こはずかしい』が促音化されたものだよ☆★☆(ここで答えるなよ) 2007.7.19 up |