7月29日









「なんかなぁー。」
「どうしたの、渋谷。誕生日だっていうのにそんなアンニュイーな溜め息吐いちゃって。」
六時丁度、駅前で待ち合わせをして渋谷の家に向かう。今日は渋谷のママさん主催の誕生日会が開か
れるらしいので、塾を早々に抜け出してきて、まだ明るい中、住宅街へと足を進めているというわけだ。


…そもそもこの企画はこの前会ったときに渋谷が漏らした愚痴から始まったのだ。

『ったくおふくろも一体おれを何歳だと思ってるんだか…29日はゆーちゃんの誕生会やりましょう!って
誕生日会やるのなんて普通小学校低学年までじゃねーの!?』
『へー、いいじゃない。僕も参加していい?』
『いや…ていうかなんでお前、そんなにノリノリなの?そんなやるって決まったわけじゃないし…。』
『なーんだ。僕、そういうの一回もやってもらったこと無いから、ちょっと期待したのになー。』
『……あー、やりますよ!やればいいんでしょ!?…で、その日何時から空いてる?』


子供っぽい誕生日会に気が乗らないのか、待ち受けているからあげの量に今から胃がもたれているか
は、判らないが、傍らの友人はさっきからどこか浮かない顔だ。
「渋谷?」
「いやさ、さっき部屋の掃除してたら、幼稚園の頃の卒園アルバムが出てきたんだよ。ああいうのって一
回見だすと止まんないだろ?」
ああ、あれね、とピンク色の表紙を思い出す。先生に、好きな食べ物はー?とか好きなお歌はー?とか
一問一答形式で質問をされ、それがそのまま載るというものである。中には好きな子は誰ー?とかいう
恥ずかしいものまであったはずだ。
「で?」
「…そこにさ、『ゆうりくんの将来の夢は?』って項目があってさ。もちろん、やきゅう選手、って書いてあ
ったんだけど。」
その頃の僕は、突然浮かんでくる景色とか、自分では無い誰かの感情とかを持て余していた。そしてな
ぜか目に付く渋谷の存在を少しづつ意識していたのだ。今と変わらず、野球好きで、正義感が人一倍強
かったことを覚えている。
「うん。」
「…いやさ、それ読んでたら、あの頃は信じて疑わなかったんだよなー、って思い出して。自分がなりた
いような人になれるって思ってたんだ。小学校に入ってからも、ずーっと野球漬けの毎日でさ。漠然とだ
けど中学生になっても高校生になっても、ずっと野球やってて、で、甲子園なんかにも出ちゃって、ドラ
フトに下位でも指名されて、ライオンズに入って…って。」
そんなのよくあることだ。幼稚園の頃、女子の半分は美少女戦士になるのが将来の夢だったし、男子は
戦隊モノのヒーローになりたがっていた。むしろそれに比べれば、渋谷の夢はまだ現実的だ。
「でも結局…今はこんなんだろ?小さい頃のなりたかった自分とは全然違くて…なんか、昔の自分に悪
いなーって思っちゃってさ。」
…それに似たような話の映画があったような気がする。主人公が子供の頃の自分との出会いを通じて、
夢とか希望とかを見出していく…というようなストーリーだったはずだ。
でもさ、渋谷。それじゃあ―――

「…渋谷は今、幸せじゃないの?」
「へ?」
「だからさ。昔の自分に悪いと思う程、今渋谷は幸せじゃないのか、って。」
「…いや、そんなことないけどさ。」
「それならいいんじゃない?別に昔思い描いた理想の自分になれなくても、十分価値があると思うよ?そ
れに…」
「それに?」
「君が生まれたことを喜んでくれる、今の君を必要としている人がいるだろ?」
それは暖かな家族だったり、信頼できる仲間だったり、もう一つの世界だったりするけれど、みんな渋谷
のことをとても大事に思っている。
勿論―――
「…そうだな。そうだよな。…ありがと。」
「ん?」

「だって、村田だってちゃんとおれのこと大切に思ってくれてるだろ。」
―――渋谷は少し恥ずかしそうに、でもまっすぐ僕を見て、そう言ったんだ。

「…あぁ!もう早くしないとママさん、待ってるんじゃない?ほら、行こう、渋谷!」
「って村田!?なんでそんな急に走るわけ!?ちょ…」


これから何回、年をとっても、君は君のままだよ。




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06年ゆうちゃんの誕生日SSです。誕生日企画のサイト様に、恐れながら献上いたしました;
ていうか私は地球編しか書けない気がします…。でもそれすらもムラユへの愛ということで(ぇ)