春色
もう四月だというのに、昨日とは打って変わって灰色の空に、少し冷たい湿った風。
電車を降りて、空を見上げたらもう土砂降りになっていた。昼前には少し太陽が見えたのに。
改札を出ると、サラリーマンが殆どの人の群れが、突然の降雨を恨むように曇天を見上げている。しか
も不幸なことにこの駅にはビニール傘を売っているような、親切な売店は無いのだ。…でも、そんなに長
い時間足止めを食らう訳ではないだろう。
備えあれば憂いなし。学生鞄の中にいつも入れておいてある折り畳み傘を取り出そうとしたとき、その
声は聞こえた。
「あれ?村田じゃん。今帰り?」
「あ、渋谷…って。」
ぺたんとなった髪に、いつもより深い黒になった学ラン、水が染みて色の変わったスニーカー…見てい
るこっちが寒くなりそうな風体で、彼はきょとんとこちらを見ていた。今正に駅に逃げ込んで来たらしい。
僕は目的物を折り畳み傘からハンカチに変更して、それを差し出した。
「…見事に濡れねずみだね。」
「サンキュ。ちょっと寄り道したらこれだもんなー。急に降ってくんだもん。へ、へぁくしょい!!」
小さなハンカチではせいぜい学ランの表面を拭くのが精一杯で、髪の毛からはまだ、滴が滴り落ちて
いる。…本当はスポーツタオルでもあればいいんだけど。
「折り畳み傘とか、持ってなかったの?」
「持ってたらこんなずぶ濡れになってないだろ。っていうか村田も傘持ってないから雨宿りしてんだろ
?人のこと言えないじゃんか。」
「僕は…。」
持っている、といいかけてやめた。彼のことだ。そう言ったら先に帰れと言い出すだろうし、男二人で相
合傘をするのに、持っている傘は小さすぎる。
「家近いし大丈夫だよ。」
「ふーん。そっか。でもこれだけ降ったら、桜が余計散っちゃうよな。」
「確かに。もうだいぶ散っちゃってるしね。」
渋谷は本当に残念そうにつぶやいた。そういえば先週には満開だった学校の桜の木も、今は道に花を
落とし、青い葉が育ちはじめている。
そういえば、お花見らしいお花見を生まれてこの方したことが無い気がする。家族でそんなことをやる
なんて考えたこともないし、周りの連中もそんな行楽行事には目もくれなかった。
今年の桜はもう終わりだろう。…でも、今年の桜は、今年しか見れない。
「…渋谷、お花見しない?」
「はぁ?でももう殆ど散っちゃってるって…」
「場所の君の家の近くの公園で。食べ物は、コンビニでお菓子でも買っていけばいいよね。まだ未成年
だし酒盛りって訳にはいかないけど…。」
「だー!!もう!はいはい!お花見すればいいんだろー。あ、でも俺今週の日曜は予定入ってて無理
だから。」
「今日。」
「へ?」
「だから、今から。何か予定ある?」
「今からって…こんな雨降っ―――あれ?」
さっきまで土砂降りだった空からは、もう薄い黄金色の光が射していて、雨も殆ど降っていない。雨宿
りをしていた人たちが次々に出て行く。―――その一連の様子を、彼はただぽかんと見ているだけだった。
夕立が止んだら出かけよう。少しの買い物をして。
花はもう散ってしまったけど、君が隣に居ればそんなこと、
本当は関係ないんだ。
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天候が操れる村田さん(笑)
ゆーちゃんのためならそれくらい彼はやってのけそうです。
そして夕立の話と桜の話を同時に書こうとしたら大変なことになりました…。
2007.4.12
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